2014年7月2日水曜日

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漆黒の闇に包まれた山あいの旧道。
疾走する古びたバスが、舗装のよくない道路のひび割れにタイヤを軽くとられた振動で、少女は目を醒ます。

ショートカットの前髪の下から、切れ長の目で車内を見回すと、そこはおよそ一般のバスとは似ても似つかぬ、大量の荷物に埋もれた空間であったが、彼女には見慣れた生活空間そのものだった。

「ビッグガール、お目覚めカイ?」
彼女が大きく深呼吸し、窮屈なシートで凝り固まった体を軽く伸ばすと、すぐ斜め前にある運転席から、物音に気づいたドライバーが小声で声をかける。
「ビッグガールって言わないでください、リーさん」
「ハハハ、ソーリー、サキ」
彼女、長谷部サキのことを、テンガロンハットと口ひげがトレードマークの大柄な白人ドライバー、リー・ヨハンソンはまず必ず「ビッグガール」と呼び、サキの抗議を受けてから、やっと名前を呼ぶのだ。
もちろんサキは、それがリーの親愛の表現であることも心得ている。
「リーさん、運転は順調ですか?」
サキはよく動く目でキョロキョロと辺りを見回しながら、リーに話しかける。
「順調だヨ。次のハウスにはサンライズの前に着くネ。トレーラーも大丈夫」
リーはそう言うと、鼻歌で古い洋楽を口ずさむ。

次のハウス。
とりあえず今は、そこがサキたちの目的地であるが、その言葉が意味するのは「家」ではない。
次の「試合会場」だ。

サキはもう一度バスの車内を見回す。
そこには、雑然とした荷物にまみれて、何人もの男女が寝息を立てている。
特に男たちに共通するのは、洋服(と言ってもジャージやTシャツであるが)越しにもわかる、大柄で筋肉質な体型。
そう、彼らはアスリートである。
この時代では存在を禁じられたスポーツの。

サキはリーにもう一度眠る挨拶をすると、目を閉じて過去に思いを馳せた。

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