2014年7月2日水曜日

3



(あそこに行けば、休めるかもしれないし)




友達とはぐれた状態で取る行動でないことを薄々理解しているサキが、自分の中で言い訳の言葉を呟くと、心なしか彼女の足取りは軽くなった。




白い薄明かりがどんどん近づいてくると、その中に人がうごめき、まばらな歓声と、下手な太鼓を叩くようなバン、バン、という音が聞こえてくるのがわかった。

白い薄明かりは布で覆われた小さな空間らしかった。

(何してるんだろ、あそこで)

サキの疑問も、得た情報量に比例して具体的になる。

足の痛みが気にならなくなり、だんだん足取りが早くなっていることに、サキは気づいていなかった。




そして、最後はほとんど小走りのような勢いで、浴衣の裾を見出しながら、サキは薄明かりの元に駆け寄る。

太鼓のような音はより大きく、不規則に聞こえ、歓声と拍手も、多くはない人が懸命に大声を挙げ、手を叩いているようだというのがわかった。

「あんた、お客?」

「ひゃあっ!!」

サキは急に横合いから掛けられた声に驚き、その場で身を固くする。

声のした方を見ると、小さな机の前に腰かけた若い男が、サキの方をじっと見ていた。

「お客? なら、千円」

男はぶっきらぼうに声をかける。

まだ事態が飲み込めないサキは、口をパクパクさせながら男の顔と白い幕の中を交互に見る。

「え?なに?お金ない? それとも、いい年して迷子?」

サキはこくこくと頷いてから、ぶんぶんとかぶりを振って、またこくこくとうなずく。

金がないのと迷子なのはその通りだが、私は中学生です。

そう言いたいのだが、さっき男に脅かされたショックからまだ回復していないサキは、動悸でうまく声が出せないでいた。

「・・・とりあえず、お客じゃ無いか」

男はサキの様子を見てため息をつく。

「じゃあ、早く戻った方がいいよ。危ないから」

そう言って男はサキが来た小路の方に視線を向ける。

その姿はサキのことをもはや意識から消したようでもあり、帰り道を指し示すようでもある。

サキが男の様子を見て、同じように来た道に足を向けようとした瞬間、甲高い金属音が鳴り響き、ひときわ高い歓声が湧いた。

その音がサキのしぼみかけていた好奇心を呼び戻し、

「あのっ!!」

サキは調整の効かないボリュームで男に声をかけていた。

「この中って、何ですかっ!!??」

肩に思いきり力が入った姿勢で、サキが一気に言葉を浴びせる。




男は一度目を丸くしてから、サキに答えた。

「プロレスだよ」

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